2016年08月07日

フェイスブック「顔・本」より、顔の「本物」を

昨年の7月7日にフェイスブックを始めて1年と1か月。
ブログから発信の場を移した知り合いを追いかけるためと、仕事で必要になったためでした。
最初の投稿で「七夕にちなんで1年に1度投稿するようにしようかな」と宣言した以上の頻度で投稿していますが、今でもブログとメールに軸足を置いています。

始めた頃に思ったのですが、
フェイスブックって、訳したら「顔・本」か、
でも、やっぱり「本」より「本物」だよな、
時間を作って顔を合わせることを、もっと大事にしよう、と。


きっかけは言葉のあやでしたが、その後、メールだけで済ましていたようなことを電話してみたり、会って話しに出かけたりと、ぼくの行動が少し変わりました。
それに、家に帰れば小さな顔、顔、顔が、泣いたり、笑ったり、怒ったり。
まだ、目が離せませんし、しっかり見ていたい。

織姫と彦星が、もしネットやSNSの世の中に生きていたらどう思うでしょうか。いつでも連絡が取れると喜ぶかもしれません。
それでも、年に1度、天の川を渡って会いに行くことを心待ちにしているのではないでしょうか。

あるいは、こんなにいつもつながっていて、いったいいつ、心の中で気持ちを温める時間があるのか?と問いかけられるかもしれません。
たまには星空を見上げて、デンジガラメのわが身を見つめ直したいと思います。
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2016年05月14日

「64 ロクヨン」観ました

「64 ロクヨン」
十数年ぶりの映画館。でかい声、大きな顔。観終わったとき、体中ぐったりでした。
ゴールデンウィークの最終日。

中学1年の娘は「面白かった。後編はいつからやるの?」
「泣いている人がいたみたいだけど、そこまでじゃなかった」と。

ぼくはかなり涙腺をゆるませられました。警察と記者、また警察内部の世界ももちろん興味深かったのですが、それよりも、月並みですが人間ドラマの部分で心を揺さぶられました。生きている長さの違いのせいかもしれません。

ひとりの人間としてやろうとすること、仕事や職責としてなすべきこと、組織の一員として求められること、そして親として家族としての行動、それらのベクトルが同じであれば、とても幸せなことだと思います。でもなかなかそうはいきません。

例えにもなりませんが、可愛くて仕方がない子どもを、そのときの事情があってきつく叱りつけてしまう。大きな声を出した次の瞬間から後悔している自分がいます。
「またつまらぬことで怒鳴ってしまった」ルパン三世の五右エ門風に自虐的につぶやいてごまかしてみたりします。

話を戻します。思うようにならなくても、何を大事にするか、悩みながら道を探して進むしかない。「64」の登場人物はそれぞれの置かれた立場で一生懸命に誠実に生きようとしています。彼らが他者と向かい合って、力づけることもあるし、不本意にも傷つけてしまうこともあります。心が通じ合うことも、そうでないことも。

そんな人間たちのドラマがものすごい圧力で凝縮されて、でかいスクリーンで熱く繰り広げられたものですから、たまりませんでした。涙腺をゆるませられて、こらえるためでもありませんが、奥歯を噛みしめて体に力を入れて観てしまいました。

同じ横山秀夫原作の「クライマーズ・ハイ」はレンタルした映画版を繰り返し観たほど面白かったですし、だけどそのあと勧められたドラマ版(同じ佐藤浩市主演)はさらに格段に引き込まれました。

それだけに、今回の映画「64」はかなり期待値が高かったのですが、その期待をふわりと飛び越えました。
http://64-movie.jp/
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2016年01月16日

しめ縄を手作り せめて「泥縄」できるよう

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どろなわ【泥縄】(泥棒を捕えて縄をなう意)事が起こってからあわてて用意をすることのたとえ。

地域のおじいさんの「しめ縄作り教室」
事が起こってからあわてて用意をすることを「泥縄」って言ったりしますが、考えようによっちゃ縄をなえるだけでもスゴイこと。

実は今年はお正月のしめ縄を手作りしました。12月のある土曜日に小学校で地域のおじいさん4名が講師になって「しめ縄作り教室」が開かれ、30名ほどの希望者が参加しました。
ぼくは1年生のなっち(娘)との参加です。

別の日に同じような講座が市内の施設で公募されたのですが、そちらは予約がいっぱいで2部に分けても満員になったとのこと。

ワラをただ束ねたものから作り始め、用意された水引や御幣、プラスチックの鯛やみかんなどを取り付けました。
最初に講師がお手本を示されます。器用に手を動かすとキュッと締まったしめ縄ができていきます。子どもにとっては魔法のようだったかもしれません。

昔はなわとびを自分でなった
それから、手取り足取りして教えていただきながら、講師が子どもの頃、「なわとびの縄を各自でなった」とか、「御柱祭のときは家庭でなった縄を出し合って引き綱を作った」といった話をうかがい、和やかな雰囲気で進みました。

あわせて普通の縄のない方も教わりました。両手の平をこすりあわせるやり方です。
コレ、個人的にとても知りたかったんですよ。

30数年前ぼくが小学生のとき、教科書の中の記述を実演すべくツジイ先生が縄をなってくれたのですが、両手にぺっぺっとつばを吐いて準備した時点で教室中が「えー、きたなー(汚い)」という反応で、その後のことは残念ながら覚えていません。
最近になってしめ縄作りの記事などを見るたびに、やってみたいと思っていたのです。

せめて「泥縄」できるよう
しめ縄飾りも縄も、手が小さくて力のない1年生にはちょっと難しく、むしろ親の方が一生懸命になりましたが、いつもお店で買っているしめ縄はこうやって作られているのだと、子どもと一緒に体験できたことが嬉しかったです。

これからは、どれだけあたふたしていても誇りを持って「泥縄!」と呼ばれたいと思います。
あっ、でも、縄をなう以前に材料のワラを探してあたふたしているかもしれません。
「泥ワラ」とでも呼んでやってください。
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2015年12月05日

ヤーマンのクルマ、見つけたっ

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山のヒーロー「ヤーマン」の車両を松本の町中で見つけたっ!
先月末、山岳フォーラムの日、車を停めて会場まで、方角と大ざっぱな位置関係だけ頭に入れて、ええかげんに歩いていたら、とある駐車場で緑色の車が目に飛び込んできました。
ナビなどできちんと誘導されていたら会えなかったであろう、嬉しいたまたまの出会い。

ヤーマンの大柄な体格は、まさにアンドレ・ザ……、もとい「人間山脈」だから、この軽ワゴンでハンドルを握るのは難しそう。(「人間山脈」じゃなくて「ゆるキャラ山脈」か。というかヤーマン自体がそもそも「山」なのか?)
でも、自動運転技術がどんどん進化しているから、数年後には中央道を信州に向かっていて、追い越しざまに横を見たら、ヤーマン自ら運転席に座っているなんてことがあるかもしれませんよ。

思い浮かべてみてください。
笹子トンネルを抜けて勝沼の辺り、朝日に染まる白峰三山に向かって走るヤーマン号。
うわあ、絵になるなあ。そう思いませんか。
タグ:ちょい綴り
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2015年11月30日

追いかけっこと夕焼け

逃走中の「虜」
10月の始め、川沿いのカラマツに囲まれた広場で子ども3人と追いかけっこをしていた。陽が傾き、だんだん薄暗くなりつつある。
テレビ番組を真似して、追っ手に見つからないように隠れながら逃走する遊びが子どもたちは好きで、いや好きどころかどういうわけかものすごく大好きで、たとえすべり台やブランコやもっと遊具が充実していたとしても、そっちのけでやりたがる。
(実は、ここ何年かウチではテレビが映っていないのですが、DVDで見ています。)

追いかけたり、隠れたり、追いかけられたりしていて、ふと、空が赤くなっているのに気づいた。(夕焼けか、林を抜けて土手で見たいなあ。)
でも、夢中になっている3人の逃走者の気持ちを切りかえるのは容易ではない。小学校高学年の上の娘なら話がわかるかもしれないが、下の子2人は無理だ。
ときおり、梢の間の空に目をやりながら、追いかけっこを続けた。

尋常じゃないくらいに真っ赤
しばらくして、辺りは薄い赤色のフィルターを通して見ているように、木や草や全てのものの色が変わってきた。見上げると、ちょっと尋常じゃないくらいに真っ赤だ。
すかさずぼくは、
「夕焼けすごいよ。見に行こうよ。」
子どもらも「逃走中」の世界からわれに返って「夕やけ、いこう。」と駆け出した。(ひょっとしたら「逃走中」の演出の「ミッション」とみなしていたのかもしれないが。)

林を抜けると真っ赤な空が広がっていた。それは夕焼けといって思い浮かべるどこか牧歌的なオレンジがかった暖かい色合いではなかった。青みがかった赤色が、西の空だけでなく頭の上いっぱいに広がっていた。空の向こうに宇宙が続いていることを連想させるような色。足下の川面も同じ赤に染まっている。ぼくも子どもらもその色に包まれた。

遊歩道を散策中の数人がすでにカメラの砲列を敷いていた。ぼくも急いでその端に立って「この空はどうすればうまく写るのだろうか。まずは、えっと、露出はどこに合わせるのか。」と考えようとするのだけど、それよりも砲列の前をおかまいなしにうろちょろする下の2人が気になる。まあ、じっとしていられないのも仕方ない。えいっ、とシャッターを切ったが、自動機能のおかげで雰囲気はわかる写真になった。

燃える空
上の娘はこんな詩を書いた。

  燃える空
ふいに 夕焼けの空が 燃えるように真っ赤になって
人間は ただ 目を丸く見開いて見つめる
当然 空の鏡の川も 燃えるように真っ赤になって
人間は ただ 不吉な印だとして恐れおののく

強烈な夕焼け、まだ自分の言葉で表せられない妹たちも、いつか同じような空が現れたら、このときのことを思い出すに違いないと思った。
次の朝、高い山の上ではうっすらと雪が積もったらしい。その兆しだったのかもしれない。
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10月10日撮影
posted by ukalo oralo at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山で暮らすリズムで